アルツハイマーは正式名称を"Alzheimer's basket cells"とい、今から約100年前の1906年にオーストリアの精神科医であるアロイス・アルツハイマー博士が初めて報告した病気で、報告者である博士の名前が病名につけられました。1910年にアルツハイマーの師匠であるエミール・クレペリンが、自身の著書でこの疾患を発見した弟子の名をとり「アルツハイマー病」と名付けたと言われています。
アロイス・アルツハイマー博士はドイツで行われた精神科の学会において、1901年に自分が診療したアウグステ・データーという女性が夫に対する嫉妬妄想や記憶力低下を発症し、亡くなった51歳の女性の脳が他の疾患で死亡した患者と比べると非常に小さく、また脳の特に大脳皮質に色素タンパクであるアミロイドが沈着した老人斑が目立っていたという報告をしました。
アロイス・アルツハイマー博士はこの学会でアルツハイマー病の特徴として、大脳皮質の神経細胞の減少による大脳の萎縮と、老人斑の多発、神経原線維変化の蓄積を指摘しました。この症例がアルツハイマー病であり、現在まで生化学や分子生物学,分子遺伝学等の多くの学者が研究をすすめています。
日本では、1908年に東大医学部精神科の呉秀三教授が西欧医学用語のDementiaを日本語に訳する際に痴呆と提唱した。痴呆という言葉に愚かやぼけ、あほうといった侮蔑的意味を含む言葉である為、患者や家族の感情が傷つけられ恥ずかしいという認識があった為、早期発見や早期治療の妨げになるとして2004年に厚生労働省により認知症と行政用語が見直されました。しかし医学用語や法律用語は従来のままで、現在は認知症で病名を統一するよう見直されています。